存在が意識を決定するように環境が人間の変化を促していると考えるべきではないでしょうか。何人かの方がおっしゃるように、この変化は一種の環境適応ではないでしょうか。
問題はこの変化を問題ありとするか否かです。問題ありとすれば退化となります。
これを若者の責任とすることはできません。彼らなりに適応努力した結果ですし、そのような環境を作ったのはおおむね彼らではなく、その保護者たちですから。
彼ら若者は現状を当たり前のことと思っているでしょうから、自分自身の有り様に問題意識を抱かせるのは並大抵のことではないでしょう。
親に何とかしろと言いたいところですが、他人の子の欠点は見えても自分の子は立派に見える親馬鹿だらけです。先生も事なかれ主義の役人根性丸出しで、頼りになりません。この国は落ちるところまで落ちるしかないようです。
それよりも、これ以上少子化が進んだらこの国は消えてしまうのではないでしょうか。そのほうが気がかりです。